ナウプノンペン

中国のカンボジア投資とカンボジア華僑ナウプノンペン一覧へ

カンボジア華僑
カンボジアへの投資をもっとも行っている国は?時々聞かれる質問です。もう圧倒的に中国です、2位の韓国の投資額の2倍の88.7億ドル(1994年から2011年9月までの累計総額)、ちなみに日本は5.2億ドル、中国の5%ほどですね。中国の投資は水力発電や地下資源開発、道路・湾港整備などに力をいれて投資を続けてきました。またアパレル関連企業が多く進出しているのも特色です。そういえば中国人マネージャーがシアヌーク元国王の肖像写真を破り捨てたとの騒動が起きたのも裁縫工場でしたね。

どうしてこうも中国はカンボジアへ肩入れしているのでしょう。カンボジアと中国の関係は古く、1200年アンコール時代にはすでに多くの華人がカンボジアで貿易業務に従事していたとの記録があります。明・清王朝末期の混乱時には中国南東部(主に潮州)から多くの移民がインドシナ南部に定住し、今の華僑社会の基礎を作っていきました。さらにフランスの保護領下ではフランス当局が華僑の貿易ビジネスを保護したため、華人は越僑(ベトナム系住民)とともに完全にカンボジア経済を支配することになります。この時期は中国本土は混乱、内戦の極み、親族・縁者を頼った移民がさらに押し寄せ、爆発的に華人が増加、その数2万人との記録があります。基本中国との関係も良好で華人が迫害されたなどはなかったよいうです。

しかし冷戦構造はカンボジアと中国の関係を大きく歪ませていきます。シアヌーク氏を国外においやることになるロン・ノル氏によるクーデターでカンボジアに親米政権が誕生します。当時中国共産党はクメール・ルージュ(ポルポト派)を積極支援しておりアメリカとは敵対関係にあったため、国内にすむ華人政策も華人学校の閉鎖や中国語表記の制限などを行い締め付け気味に変わっていきます。ちょうど中国では毛沢東の大躍進政策の失敗で大飢饉が起こっており多くの中国人が近隣諸国へ流出しました。カンボジアでも華人の人口は42.5万人(77%が潮州人)と言われています

ロン・ノル政権は後ろ盾であったアメリカが南ベトナム政権が倒れると、北ベトナム・中国共産党の支援を受けたクメール・ルージュに権力を奪われます。クメール・ルージュはさんざん中国の支援を受けたのだから華人は優遇するとの、甘い考えは通用せず。他のクメール人同様に圧政の対象となり財産没収、投獄、農村追放などで多くの命が奪われています

そして暗黒の内戦時代がやっと収まるのかと期待されたヘンサムリン氏による新政権でしたが、華人を取り巻く環境はあまり良いものではありません。当中国とベトナムの関係は非常に悪く、ヘンサムリン政権をベトナムが後押ししたことが原因で戦争(中越戦争)が起きたくらいです。親ベトナム政権下ではやはり迫害の対象でした。ここで多くの華人が海外へ流出、その数10~20万人とされています。

ベトナムが撤退、国連下でカンボジアの再興が進みだすと当然、華人も経済復興のキーパーソンとして重要視されだします。1990年以降敵視・制限政策が改まると華人社会も大きく変化し再び数の増加が始まります。今は人口のカンボジアの人口の5%、70万人ほどが華人とされています。今後彼らのもつ華人系企業の影響力はカンボジアでは計り知れぬものになるでしょう。こういう変遷もあり、中国がカンボジアを投資先として選ぶのは当然なんでしょうね。華僑社会侮りがたしです。現在のカンボジア王国首相フン・セン氏も華僑とされています。

寄稿 M・M

カンボジアでの会社・法人設立について

カンボジアでの証券口座開設に興味のある方はこちら